ウェブ進化論 – 本当の大変化はこれから始まる

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インターネット、ウェブの世界で今なにが起きているのか。

インターネットは私達の世界にほぼコストゼロで不特定多数無限大の人々とのつながりをもたらした。

このことでどんな大変化が起こるだろうか。

マイクロソフトが個人に「パーソナルコンピュータ」をもたらし、グーグルは世界最大の「情報インフラ」を創り出した。今では誰でもそのパーソナルコンピュータでその情報インフラにアクセスし、無限大の情報を瞬時に受け取ることができる。そればかりか、こちらから全世界に向けて「情報発信」することもできる。

この革新的発明以前、人々が情報を手に入れる手段は新聞、テレビ、本や雑誌といった、極々限られた所謂「プロ」と呼ばれる人々が発信する情報のみだった。今では不特定多数無限大の「素人集団」が全世界に向けて情報を投げつけてくる。その情報量は膨大で、閉ざされたプロの情報を凌駕する。

不特定多数無限大から発せられた情報にプロレベルの質の高い情報が存在するのは間違いないが、質の低い情報はその何倍も存在する。ここで必ず問いに挙がるのが「ネットの情報、不特定多数無限大の情報を信頼できるのか。」という玉石混交問題だ。

不特定多数無限大の中には、ある分野においてプロレベルまたはそれ以上の情報発信力を持った人々が一定数存在するのは否定できない事実だろう。膨大な情報の中から質の高い・信頼できる情報を適切に取捨選択し世に送り出すのがグーグルの「検索エンジン」がしてきた仕事だ。玉石混交の中から「玉」を取り出し、まとめることができれば、プロフェッショナルでも敵わない「知の集合体」が作られる。

ネット上の知の集合体一種であるWikipediaと市販の百科事典はどちらが信頼できるだろうか。百科事典の方が信頼できるというのが一般的だろう。Wikipediaは基本的に誰でも書き込み・修正できる。よって間違った情報やデタラメな情報も含まれている。例えばWikipediaの記述の中で20%が事実と異なる内容だとしよう。ここで玉石混交の「石」にのみ目を向けて「Wikipediaは信頼できない」と言うのは簡単である。だが80%に目を向け「信頼できるところもある」と解釈すればネットの不特定多数無限大を信頼する一歩となる。これがネットがもたらす「知の集合体」の姿だろう。

ネットの悪い部分にばかり目を向け、ネットを排除しようという動きは未だに多い。小学生はネットを使うべきではない、正しい情報の取捨選択ができない。中高生がスマホを持つべきではない、いじめに繋がる。確かにその一面はある。しかしそんなのは善悪の悪にのみ目を向けた不都合な解釈でしか無い。それはネットの可能性を完全に見誤っている。

この本は10年前に書かれたものだが、今読んでも古臭さを感じない。むしろこの「大変化」を未だに理解していない人はとても多い。インターネットの本質を知りたい方にはおすすめの一冊である。

 

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